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秋の熊野古道 小辺路を歩く 3日目

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小辺路 世界遺産の熊野古道を歩く旅。 スタート地点の金剛三味院からゴール地点の熊野本宮大社までは約70km。長く険しいルートを2泊3日で歩いた旅の記録の最終日。

非常に険しく辛い旅に感じたけれど、今日で最後だと思うと何となく寂しいような気持ちになる。

朝5時過ぎに起床し、出発の準備を始めた。昨日、昴の郷で不要になった荷物を宅急便で自宅に送ったことで、リュックの重量がだいぶ軽くなった。これなら最後の峠も何とかクリアできるはずである。

準備を済ませ、宿の方にお願いしていたおにぎりを受け取り、6時に出発した。最終日も昨日一緒に歩いたソロの男性と同行することになった。天気は昨夜から早朝にかけて結構雨が降っていたが、出発時はそれほど気になるレベルではなくなっていた。

民宿を出て少し歩くと、果無峠の登山口にさしかかる。

登山道に入るといきなり石畳の急坂が始まった。朝っぱらからこれは厳しいなあと思いつつ、ひたすら登り続ける。

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雨は強まったり弱まったりで、なかなか安定しない。  

果無集落

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6:38 少し歩くと果無集落に到着した。

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なかなか趣があって景色の良い集落で、晴れていれば「天空の郷てんくうのさと」と呼ばれている所以を感じることができたのかもしれない。

ここに到着したあたりで少し雨足が強まり少々足止めを食らった。

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有名な世界遺産の石碑での記念撮影も雨のせいで急ぎ足となってしまった。

果無集落から次のチェックポイントである観音堂まではおよそ70分。ひたすら登り坂を歩く辛い行程だ。

しばらく歩いていると、向こうから何となく見たことのある風貌の方々が歩いて来た。なんと昨日、昴の郷で別れた3人組が下山してきた。どうやらこの先の観音堂で昨日1泊したが、峠越えを諦めてバスを使って本宮まで行くことにしたのだとか。

あと少しというところまで来て引き返すのは非常に勿体ないような気がしたが、3人で決めたことなのだろうから仕方がない。

笑顔でお別れして先を進んだ。

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7:24 天水田を通過。かつてここは雨水だけを使って稲作をしていたのだとか。  

観音堂

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7:56 観音堂到着。

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ここには宿泊用の小屋があり、さっきすれ違った3人組はここに宿泊したらしい。宿泊に際して床を掃除したり、先客のコウモリを追い払ったりと大変だったようだ。

観音堂の小屋周辺はトイレも水場もあり、十津川温泉からもうひと頑張りできる人であれば、宿を利用せずに宿泊できるようだ。僕たちはここで暫く休憩をすることにした。宿から持って来たおにぎりを食べ、コーヒーを飲み、最後の登りに備えた。

8:21 観音堂を出発。体を休めると一気に体が冷えて、周囲の気温が結構低いことがわかる。  

果無峠

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9:13 果無峠登頂。観音堂でしっかり休憩したおかげか、これまで登ってきた峠よりもそれほど辛さは感じなかった。

登ってしまえばあとは下るだけ。少々長い距離ではあるものの、登りに比べれば何ら問題はない。辛い登りでは会話もほぼ無い状態だが、下りになるとお互い気も楽になり、会話も弾む。

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峠を越えると、朝の雨は何だったんだ?と思えるくらい天気が安定してきた。もしかしたら峠のこちら側は雨がそれほど降らなかったのかもしれない。

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10:04 三十丁石手前の開けた場所から見た本宮町。こうやって見るとゴールまではまだまだ遠いことが分かる。

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徐々に天気も良くなってきた。陽の光がさす緩やかな山道を歩くのはとても気持ちがよい。  

トラブル発生

峠を下っている最中に、左膝に違和感を感じるようになってきた。

最初はそれほど気にならなかったのだが、段差の多い下り坂を何度も通過しているうちに、左膝は違和感を通り越して痛みに変わっていった。左足を曲げるだけで激痛が走るようになり、峠を降りきる直前でペースダウンしてしまった。まさかこんなところで怪我をしてしまうとは・・・。

11:10 八木尾バス停。

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ようやく峠を降りきった。 写真の赤い線は高度を表している。右から果無峠、三浦峠、伯母子峠。よくもまあこんな道を歩いてきたものだ。

11:40 道の駅奥熊野古道ほんぐうで休憩&水分補給。自動販売機で久しぶりに味の付いた水分を摂った。

痛めた左膝は相変わらず。

道の駅まで来ればゴールはすぐそこだ!と思っていたのだが、ここからまだ少々距離があった。そう感じたのは僕の足が限界に近づいていたからかもしれない。とにかく坂を下ったり、階段を降りたりする動作をとると左膝に激痛が走る。

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12:10 九鬼ヶ口関所跡。

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12:50 関所跡から先は石畳の下り坂が続く・・・。

普通の下り坂ならまだ我慢できるのだが、階段多発ゾーンでは地獄そのものだった。ゴール直前のこの頃は、下りの階段にさしかかるたびにゲンナリしていた。 ゴールはすぐそこだ!自分を励まし先を進んだ。  

熊野本宮大社

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13:00 ゴール!

長かった!

小辺路のルートでは熊野本宮大社の裏鳥居に到着する。それならば表の鳥居に移動してゴールの写真を撮影しようとしたのだが・・・。

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ここを降りて撮影してまた登ってまた降りるのはちょっと無理!ということで鳥居の撮影は最後にすることにした。

境内をしばらくウロウロ。

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八咫烏(ヤタガラス)のポスト。八咫烏は熊野本宮大社のお仕えで、日本サッカー協会のマークなどにも使われている。

本殿は残念ながら撮影禁止。お賽銭はケチらずしっかり参拝した。

ご利益があるといいのだが。  

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熊野本宮大社の表鳥居。

ここまで階段を降りて来た段階で、僕の足はもう限界を超えていた。本当はここから少し先にある、大鳥居を見に行きたかったのだが、そういった状況もあり今回は見送ることにした。次回があるのかは分からないがw

熊野本宮大社には最寄りの駅がないため、路線バスを利用してJR新宮駅まで移動する。とりあえずバスの時刻を見ようということになり、バス停まで移動し時刻表をチェックした。

バスの時刻まで少し時間があったため、併設されている建物のトイレで着替えと汗の拭き取り作業を行った。これならバスに乗っても電車に乗っても「この人なんか臭い!」と他の乗客に迷惑をかけることはないはずだ。すっかり身綺麗になった僕は、今回の旅のパートナーに別れを告げてバスに乗り込み家路についた。  

新宮駅

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15:30 JR新宮駅到着。

スマートフォンの電車乗り換えアプリで家までのいい感じの乗り換え方法を調べると、なんと17:30まで新宮駅発の電車が無いことが判明・・・。熊野本宮大社のバス停でバスの時刻を含めてちゃんと調べておくべきだった。

11月4日は3連休の最終日だったが、ここから名古屋までの電車も、名古屋から新横浜までの新幹線も指定席をとることができたのは幸いだった。 新宮駅は駅前が結構寂しい感じで、時間をつぶすためのお店が殆ど無い。腹も減っていたため、駅前の徐福寿司というお店に入ることにした。

新宮駅前で秋刀魚寿司

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どうやらこの辺りでは秋刀魚寿司というのが名物らしく、手頃な値段であったため、ビールと一緒に注文した。

秋刀魚1匹丸ごとご飯に張り付いているような見た目は結構インパクトがある。味は上々。ビールと一緒に美味しく頂いた。

その後、電車を乗り継いで自宅まで帰ったのが夜11時くらい。荷物は殆どそのままに、ベッドに潜り込んで眠った。  

旅を振り返って

世界遺産の熊野古道 小辺路を歩く2泊3日の旅は終わった。

前泊した高野山を含めると3泊4日。過ぎてしまえばあっという間だった。

熊野古道の小辺路は有名なルートだから、大勢の人たちに出会うかなと思っていたけれど、旅の道中で熊野本宮大社を目指している人に出会ったのは僕を含めてわずか6人だった。わざわざ高野山まで移動して徒歩で遠い神社まで歩こうなんていう物好きはそんなにいないのかもしれない。

今回の旅では、所々現代の暮しに引き戻される所はあったものの、殆どの行程が山道であったため、文明から隔離されたような非日常的な状態が長らく続いた。普段ならちょっと歩けばコンビニや自動販売機があって、自転車や車があれば必要なものはだいたい買いに行くことができる。でも、小辺路縦走では携帯の電波もあまり入らず、食べ物や飲み物の補給も計画的に行わないと辛い場面などが結構あった。

日々の便利な暮らしがいかに素晴らしいものなのか、旅先での出会いの楽しさ、僕自身の体力不足などなど、色々な収穫があって思い出に残る旅だった。

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